A Recipe for a Happy Life

日本での幸せライフレシピ

ベトナムのお酒の話

ちょっと飲み過ぎたある男が、道の真ん中で大声を上げていた。やれ「あの役人は、無能なのに出世してけしからん」だの、「高給取りのくせに、日の高いうちから酔っ払って許せない」だのわめき、行き交う人たちも足を止めて聞いていた。そのうち、男は警察官に取り押さえられ、どこかへ連れて行かれてしまった。

しばらくして、男は裁判で有罪になった。理由は「国家機密を漏洩した」――。

この話はベトナムに限らず、中国や東欧などで広く伝わる寓話や都市伝説のようなもので、この男が実在したのか、そんな判例が実際にあるのか、定かではない。

記憶の限りでは、ベトナム人の酒席はカラッと陽気なムードで、いつも美味しくいただいてきた。それに、酔っ払いの振る舞いは世界共通なので、地ビール(ビア・ホイ)屋で声高らかに「あいつは許せん!」と叫んだところで、実際には「同病相憐れむ」酔客たちに笑われておしまいだ。

ベトナムの男性は50代でリタイヤし、悠々自適の生活を送る人が珍しくないせいか、おじさんたちが夕方からジョッキを傾けていても違和感はない。ともすると、日の高いうちに一杯やると白い目で見られがちな日本よりも、酔っ払いたちへの視線は優しいかもしれない。

そんなベトナムでも、警察沙汰は起きる。ハノイで暮らしていた時のことだ。

店で友人と2人でビアホイを飲んでいると、ガラスの割れる音が聞こえた。誰かがジョッキを床に落としたのかと思い音のした方向を見たら、小さなおばあさんが割れたビール瓶を両手に持って仁王立ちしている。テーブルに座っていた4人くらいの若者に割れた瓶の切っ先を向け、怒鳴りつけていた。

青くなった若者たちは力なく反論していたが、おばあさんはいまにも切りつけそうな構えで鬼の形相をしていた。こっちもビア・ホイどころではなくなり、唾を飲んでばかりいたら、そのうち、おばあさんは店を出て行った。

数分後、若者たちの仲間とおぼしき若者の大集団が「ババアはどこだ!」とバイクで店に乗り付け、おばあさんを探したが、後の祭りで、しばらく地団駄を踏んでいた。騒動の理由を店主に聞いたら、「飲み過ぎかな」と首をかしげるばかりだった。

適量のうちなら、ベトナムのお酒はぐいっとあおるもよし、エアコンの効いた部屋でチビチビやるのもいい。酒肴との組み合わせについては、個人的趣味はご容赦いただくとして、ライト感覚ビールのようなビアホイには、スルメやゆで落花生、ウズラのゆで卵▽ネップ・モイ(もち米焼酎)とルア・モイ(うるち米焼酎)にはネム・チュア(酸味ソーセージ)や正月料理のバイン・チュン(ベトナムちまき)▽中部高原ダラット産のワイン「エクセレンス」には鶏肉、鳩、ウサギなどのグリル▽「333」「ラルー」「ビア・サイゴン」などベトナムを代表するご当地ビールはオールマイティ、といったところか。

上記のお酒や料理は日越交流が進んだ結果、いまや日本でも手に入る。ところが、米を発酵させ竹のストローでチューチュー吸う瓶(壺)酒ジウ・カンはまだ、日本でお目にかかったことがない。ベトナム人の料理人にリクエストしたところ、「作り方が難しいし、竹のストローを入手できるかどうか」と腕を組むだけだった。

ジウ・カンは、管(カン)で飲む酒(ジウ)、という意味がある。少数民族固有の文化の中で生まれた醸造酒で、青リンゴのような風味が持ち味だ。瓶の中に米と籾殻を入れて発酵を待つという素朴な作り方ながら、気温や湿度で味が変化してしまうという。コロナ禍が落ち着いたら、ぜひ仲間と瓶を囲んでワイワイやりたいので、入手ルートを探している。

酒席に話を戻すと、公衆の面前で許される大声には、例外がある。「建国の父」を人前でこきおろすことは歴史的、倫理的に絶対NGなので、ご注意を。

◆トップ写真:
キンキンに冷えたビア・ホイ。暑い日ののどごしはたまらない(2019年8月、ハノイ市内で筆者撮影)


のじま・やすひろ 新潟県生まれ。元毎日新聞記者。経済部、政治部、夕刊編集部、社会部などに所属。ベトナム好きが高じて1997年から1年間、ハノイ国家大学に留学。2020年8月、一般社団法人日越協会を設立。現在、同協会代表理事・事務局長。

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