A Recipe for a Happy Life

日本での幸せライフレシピ

ベトナムの交通事情

ベトナムを旅していると、けたたましいクラクション(警告音)とともに目覚めることが往々にしてある。目をこすりながら時計を見ると、まだ朝5時なんていうのはザラで、二度寝を決め込んでもじきにまた、眠りは寸断される。顔なじみだったハノイのバイク屋のオヤジさんは、「クラクション大国」 の実情について、こんな話をしていた。                                                                                                                                             

「ベトナム人がバイクを買うときのチェックポイントはな、大きく分けて三つあるんだ。始動できるか、足は地面に付くか、そして、ちゃんとクランクションが鳴るか、の三つさ。中でも、クラクションが一番大事なんだ。最初の二つは分かるだろ? エンジンのかからないポンコツや足が地面に届かない代物には誰も乗るはずがねぇよな。問題は三つ目さ。ベトナム人は、クラクションの音量にこだわるんだ。え、理由が知りたい? そんなことオレに聞くなよ。鳴らしたいから鳴らすに決まってんだろ」

バイク屋もよく知らないのだから、以下は筆者の推論だ。

ご存じの通り、自動車やバイクに欠かせないクラクションは、自分以外の車両に危険の発生を伝え、事故を未然に防ぐためにある。それがベトナム人の場合はどうやら、自分の存在証明のために鳴らす、という意味合いが強い。つまり「おれはここにいるぞ、知っといてくれ」「あたしはここにいるわよ、知っててね」という願いを込めている。だから、そこら中でクラクションの「大合唱」となる。

ハノイで暮らしていたころの話だ。

ある真夜中、真っ暗闇の道を猛スピードでバイクを飛ばしていたら、前方を走っていたバイクと目と鼻の先になった。追い越そうとしたら、向こうは猛然とクラクションを鳴らし、スピードを上げた。何とか追い越しはしたが、追い越されたバイクはその後もずっとクラクションを鳴らしっぱなしだった。辺りには、ほかに車もバイクも走っていなかったので、存在証明のためとしか思えない。「そんなに知っていてほしいのかよ」と思うと、走りながら笑いが止まらなかった。

大通りを走る大量の二輪車のことを、筆者は「バイクの洪水」と呼んでいる。その洪水の中で道路を安全に渡る方法について時々、質問をいただく。せっかくなので、筆者なりの対処法をお伝えしたい。

ポイントは①渡ると決めたら、ためらわずゆっくり渡る②向かってくるライダーから目をそらさない③危ないと思ったら歩くスピードを緩める④でも、途中で立ち止まったり、後戻りしてはいけない——この4点だ。

①〜③は、すぐにご理解いただけよう。実は④が一番肝心で、もし、ライダーが歩行者の後ろを通り過ぎようと思った直後に歩行者が後ろに下がったら、間違いなく衝突の可能性が増える。また、歩行者が立ち止まると、ライダーの頭に一瞬、スキができるので、事故を誘発しやすい。

洪水の中では時に、人間と数センチ差でバイクが横切るので、ヒヤリハットは日常茶飯事だ。しかも、荷物の過積載バイクが多く、どうしても制動距離は長くなる。そんな交通事情に馴染めない方にはそもそも、ベトナムライフはお勧めできない。

ただ、洪水の中に車が多い場合は、無理せず待った方がいい。ベトナムの公道で優先順位の頂点にあるのは、歩行者ではなく自動車で、しかも、図体のでかいトラックやダンプカーはなかなか道を譲らず、黒塗りの高級外車でさえ細い道で対向してきたら遠慮がちに走る。

中部の交通の要衝、ハイバン峠は幅が狭くて曲がりくねり、昔は、対向車のせいで谷底に落ちる二輪車の事故が後を絶たなかったという。日本の協力で、峠道に代わる東南アジア最長のハイバン・トンネル(約6・3キロ)が開通したのは2005年。大きなニュースになった。

ちなみに、昔はノーヘルで運転するライダーも多かった。当然、バイクの普及と比例するように死亡事故が頻発し、2007年からヘルメット着用が義務化された。現地からの報道によれば、着用率は同年からの10年間で30%から90%に増えたというが、死亡事故はなくならない。国を挙げた交通教育の強化が必要だ。


のじま・やすひろ 新潟県生まれ。元毎日新聞記者。経済部、政治部、夕刊編集部、社会部などに所属。ベトナム好きが高じて1997年から1年間、ハノイ国家大学に留学。2020年8月、一般社団法人日越協会を設立。現在、同協会代表理事・事務局長。

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