A Recipe for a Happy Life

日本での幸せライフレシピ

ベトナム人の選択肢

首都圏で暮らす女性会社員のハインさん(36歳、仮名)は、来日する前から心に秘めてきた夢があった。日本人になることだ。帰化である。

二重国籍を認めていない日本で国籍を取得するためには、生まれた国の国籍を失わなければならない。ハインさんの場合、親の説得には十分、時間をかけた。そして最近、日本国籍を取得した。

日本国内にはいま、45万人のベトナム人がいる。コロナ禍で、帰国したくてもできないベトナム人がいる一方で、日本で働きたい、暮らしたい、だからやってきた、というベトナム人もわずかながら増えている。

筆者がハインさんと知り合ったのは、2年ほど前のことだ。首都圏のあるベトナム料理店で、目の前のテーブルに、ハインさんがいた。クセのない流暢な日本語と、標準語のベトナム語(北部の方言)で他の客と話していたので、てっきり、きれいなベトナム語を話す日本人だと思った。店主から紹介されてようやく、ベトナム人だと分かったくらいだ。

ハインさんが合格した日本語能力試験は「N3」止まりだ。N3というと、日常会話をこなせるレベルである。ハインさんの話す日本語は、なまりや発音ミスがほとんどないレベルなのに加え、新聞やテレビのニュースに接していないと理解できない政治・経済の専門用語にも詳しい。どう考えても、最高グレード「N1」クラスの日本語能力だ。

「要は、日本語を話すことができればいいじゃないですか。試験のための勉強なんかやりたくないし、別にN1やN2を取らなくても、日本で生きていけるし、仕事もできるから」

実際その通りなのだが、日本の企業の中には、最低「N1かN2取得」を条件に、外国人材を募集することが多い。

何より、日本語が達者であることを証明するには、第三者による認定が不可欠だし、日本語能力試験を主催する独立行政法人国際交流基金と公益財団法人日本国際教育支援協会が認めた日本語能力は、一定の説得力を持つ。

しかし、外国人材市場の関係者から「N1に合格しても読み書き、会話が上手なベトナム人は少ない」という声を聞く。合格証明を意味する「日本語能力認定書」を偽造し、まんまと希望の会社に入る強者もいるそうだ。

日本国籍を取得した外国人の数は、漸減している。法務省によると、2020年の日本国籍取得者は772人で、過去5年間で300人以上減った。ところが、ベトナム人に限っていえば、2020年301人と前年(264人)から10%強の伸びを示した。

この国は、全国で多発する技能実習生失踪事件の背景にある「いじめ」の構造を事実上放置したままだし、千葉県松戸市のベトナム人女児殺害事件(2017年3月)の衝撃は、ベトナム全土から消えてなくなったわけではない。なのに、ベトナム国籍を捨て、日本人になり、日本で暮らしたいと思うベトナム人は増えている。

理由はいくつかあろう。同じ仕事をやるにしても、日本で働けば賃金は多いし、温暖化のせいで気候もベトナムと似通ってきた。故郷と似たような長い海岸線もある。ベトナムでは経験できない雪遊び、温泉めぐりもできる。都会から少し田舎(いなか)に行けば、物価は安く、人情は厚い。

ただ、ドイツや台湾、韓国に取られた高度人材の「大群」を取り戻せるほど、外国人材にはまだまだ魅力の足りない国だ。ならば、ハインさんのような帰化人たちに協力を仰ぎ、国家として高度人材を集める青写真を書き直すことが急務ではなかろうか。深刻な働き手&税収の不足に悩む日本の田舎のカンフル剤になるのは、もはやベトナム人のエネルギー以外に何があるだろう。

「どうして日本に帰化したかって? 日本にずっと住みたいからですよ!」。ハインさんの言葉には、日本を元気にするヒントがいっぱい詰まっていると思う。


のじま・やすひろ 新潟県生まれ。元毎日新聞記者。経済部、政治部、夕刊編集部、社会部などに所属。ベトナム好きが高じて1997年から1年間、ハノイ国家大学に留学。2020年8月、一般社団法人日越協会を設立。現在、同協会代表理事・事務局長。https://www.nhatviet.jp/

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