A Recipe for a Happy Life

日本での幸せライフレシピ

ベトナムのリゾート

南北に細長いベトナムは、約3400キロの海岸線を持つ。北は中国国境、南はメコンデルタの南端をなぞってカンボジアまで続き、景色もさまざまだ。ダナンやニャチャンなど中南部より南のビーチリゾートは、遠浅の海に白い砂浜という定番の景色が広がっている。中南部より北になると、砂浜は黒に近い焦げ茶色に変わり、南のリゾートとはやや様相が異なる。

筆者がハノイに留学していたときの住まいは、「ゲストハウス」という名前の安宿だった。その近くに、学生相手のカフェが4、5軒並んでいて、ベトナムコーヒーや缶ビールを飲みつつ、客のベトナム人たちからよく、面白いベトナム語を教わった。学校では絶対に教わらないスラングや、当局が聞いたら絶対に怒るであろう禁忌表現を教えてくれるので、大学の授業より熱が入った。ウエートレスさんたちは地方から出稼ぎに来た10代の女の子ばかりで、いつもベトナム語の「先生」になってくれた。

1998年の4月、なじみになったカフェの女将さんから誘われ、ウエートレスさんたちや常連客仲間ら総勢約20人で北部タインホア省のサムソン海岸に泊まりがけで遊びに行った。

大きなワンボックス車で国道1号線を南に走り、約3時間半で閑散とした黒砂のビーチに着くと、いつも働きづめのウエートレスさんたちは、大はしゃぎで波と戯れた。ひとしきり潮と砂にもまれ、泳ぎ疲れた後は「海の家」で裸電球の下、海鮮料理を囲み、ビールを飲んで爆睡し、初日が終了。2日目は早起きして日の出を拝み、少し泳ぎ、迎え酒をやって、そろそろ帰ろうとした時のことだ。

渚のそばの屋台で、筆者が大好物のスルメを買おうとしたところ、「ここは値段が高いから、買っちゃダメ!」と、背の小さなウエートレスさんの1人が飛び出してきた。屋台のおばちゃんは仏頂面でモゴモゴ言い返すが、「この人、野島さんが外国人だからって、ふっかけようとしているの!」と彼女は語気荒く、目をつり上げておばちゃんを威嚇した。

確かに、そのスルメは、やや割高だった記憶がある。でも、そこは北部有数のリゾート地なので、多少は値が張っても・・・と言おうとしたら、「さ、野島さん、ハノイに帰るわよ!」といきなり何人かに手を引っ張られ、不承不承、ハノイに戻ることになった。

それから20年以上過ぎて、いま、サムソン海岸は財閥資本による再開発で変貌し、大きなホテルがいくつも並ぶ大リゾート地に変貌した。極論すれば、サムソン海岸に限らず、ニャチャンやダナン、ファンティエット、コンダオ島などベトナムを代表するビーチリゾートはどこも、再開発の大波をかぶり、日本の湘南のような「芋洗い」を覚悟で行くしかなくない。

芋洗いの危険性はともかく、筆者がお勧めできる場所といえば、ダナンのミーケー海岸とニャチャンのニャチャン海岸だろうか。どちらも白い砂と長い海岸線が魅力で、もっとひなびていて心安まるビーチリゾートはいくつもあるが、この2カ所をお勧めするのは理由がある。

言うまでもなく、ダナンとニャチャンはともに大都市だ。さらに、①空港に近く、ホテルや海岸へのアクセスがいい②外国人観光客が多いので、ホテル従業員の練度が高い③買い物時に融通がききやすい④食事に困らないーーといった点が、ベトナム語に不自由な観光客にも助かるからだ。

一方、筆者のような芋洗いの嫌いな方には、おひさまの高いうちから、ビーチレストランのオーシャンビュー席に陣取り、スルメと茹でピーナッツを肴にダナンの地ビール「ラリュー」をグビグビとあおることをお勧めしたい。夕方になると、涼を求める市民が家族連れや恋人を連れて繰り出す風景は、芋洗いほどにはならず、幸せそうな彼らをながめているだけで、なぜか心が安らぐ。

コロナ禍で観光目的の渡航ができない現状、ベトナムのリゾートを楽しむことはいま、不可能に近い。早く元の生活を、と思うのは、世界共通の願いであり、辛抱強く待とうと思っている。

山のリゾート地のことを書く前に、紙幅が尽きた。山の話はまた、別の機会にご紹介したい。

サムソン海岸の「海の家」で、サトウキビを売り歩く女性(左)。
吊り看板には「飲み物 カラオケ」と書いてある(1998年4月:筆者撮影)

トップ画面:観光客でにぎわうダナンのミーケー海岸。大型ホテルが並んでいる (2019年2月:筆者撮影)


のじま・やすひろ 新潟県生まれ。元毎日新聞記者。経済部、政治部、夕刊編集部、社会部などに所属。ベトナム好きが高じて1997年から1年間、ハノイ国家大学に留学。2020年8月、一般社団法人日越協会を設立。現在、同協会代表理事・事務局長。

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