日本での幸せライフレシピ
食事 Vol.1
「ベトナムフェスティバル2020」（東京・代々木公園で11月7、8日）の開催が決まった。コロナ禍を理由にフェス実行委員会は当初、ネット上で「2021年に会いましょう」とアナウンスしていたが、急きょ方針が変わった。
実行委員長のブー・ホン・ナム駐日ベトナム大使はフェス関係者に送った案内の中で①日越の絆を繋げていきたいというその声に応える②ベトナムはじめアジア各国の関係者の経済活動を支援していく③多くの方々に勇気と元気を与えられるようなイベントに——と、開催理由を説明している。2008年の第1回開催以来、毎年、2日間で10〜20万人が代々木公園に集まり、日本国内のアジア系イベントとして最大級の規模に成長したベトナムフェスである。「十分に新型コロナウイルス感染症対策を行った上で」（ナム大使）、今年も開催することになった。
例年、フェスの目玉のコンサートやファッションショーにはアジアのアーティストが参加し、それを見たさに全国から在留ベトナム人がどっと押し寄せる。会場には所狭しとベトナム料理の屋台が並び、「ビア・ハノイ」や「333」などのベトナム産ビールやフォー（うどん）、バイン・ミー（サンドイッチ）、ネム・ザン（揚げ春巻き）などが飛ぶように売れていく。ベトナム料理を楽しみながら、日越両国の言葉が飛び交う代々木公園内を散策することも、フェスの楽しみ方だろう。
同フェス2018から、野島康祐撮影
中国の属国状態が約1000年続いたベトナムは、近代に入ってもフランスの植民地になった。半面、世界に冠たる二大食いしん坊大国の教えを得て、ベトナム人の舌はとことん鍛えられた。中国人同様に「四つ足は机と椅子以外何でも食べる」と言われるし、フランス人同様に繊細な味付けを好む。フランス人から教わったフランスパンとアイスクリームは特に絶品で、いくらでも胃袋に収まってしまう。
ベトナムを代表するめん料理のフォーは元々、ハノイ発祥のソウル・フードだ。豚骨や牛骨を煮込んだスープに米粉めんを沈め、肉や香草を浮かべ、好みに応じて唐辛子や辛子ペースト、ライム汁を添える。牛肉入りはフォー・ボー、鶏肉入りがフォー・ガーといい、日本のスーパーやコンビニの棚にフォーの袋めんやカップめんが並んでいるのを見かけた方も多いことだろう。
ところが、一部の料理店を除き、日本で食べられるフォーの多くはライス・ペーパー（乾めん）を湯で戻したもので、本場のフォーとは食感がまったく違う。本場のフォーは乾めんではなく、水に溶いた米粉を加熱して固くした状態の「生めん」を使う。食感はグンニャリかつツルンとしていて、伸びているようで伸びていない。微妙な柔らかさと弾力感が持ち味なのだ。ただ、日本で生めんを作るにはハード、ソフト両面で足りないものばかりで、結果的に割安で製造しやすい乾めんのフォーが日本では広く流通するようになった。
そんな日本のフォーは「本物ではない」と異を唱え、日本人に生フォーを食べさせようと奮闘するベトナムの若者がいる。東京都内在住のルアン・バン・フイさん（33）だ。
ハイフォンで生まれ、ハノイで青春時代を過ごしたフイさんは2012年から2年間、東京農工大大学院に留学し、日本経済史を学んだ。修士課程修了後、一度は観光会社で働いたが、日本で食べるフォーの味に満足できず、「だったら、自分が作ろう」と一心発起。会社（株式会社JVF）を立ち上げ、今年3月、都内に製めん所をオープンした。製めん機（長さ4メートル）を自作し、最大1日130キロ、650食分を製造。生フォー用のパック入りスープも自作で、エージェントを通して販売している。
「フォーの味付けはとても繊細だから、ネット販売は考えていない。やればもっと売れるだろうけど、めんのクオリティを維持できない」とフイさんはこだわる。
出入国在留管理庁によると、在留ベトナム人は今年6月末で４２万４１５人となり、前年末比で８４４７人増えた。中国（７８万６８３０人）、韓国（４３万５４５９人）に次ぐ第３位で、在留者トップ10カ国の中で唯一の同比プラスだった。故郷の味を恋しがっている多くのベトナム人のためにも、フイさんの商売繁盛を願う。
写真(右)：訪問客に本場のフォーをふるまうフイさん
◆トップ写真
華やいだ衣装のベトナムフェスティバル参加者
＝2018年6月、同フェス2018から、野島康祐撮影
のじま・やすひろ 新潟県生まれ。元毎日新聞記者。経済部、政治部、夕刊編集部、社会部などに所属。ベトナム好きが高じて1997年から1年間、ハノイ国家大学に留学。2020年8月、一般社団法人日越協会を設立。現在、同協会代表理事・事務局長。